カンボジア王国は東南アジアの低地の平野、メコンデルタ、山岳地帯、タイ湾の海岸線など豊かな地形を持つ東南アジアの国です。北西部には、クメール帝国時代に建設された広大な石の寺院の遺跡群であるアンコール ワットがあります。
カンボジアには中央に東アジア一大きいと言われているトンレサップ湖があります。湖の広さは乾季で琵琶湖の4倍程度で,雨季にはその湖が6倍に広がると言われているので琵琶湖の24倍の広さになります。
トンレサップ湖周辺には漁業を営む世帯が多数住んでいて,一部が湖に浮かぶ家付きボートの中で暮らしています。そのボートがたくさん集まって村を形成し,人々は村単位で暮らしています。
この事業で対象としたコンポントム州のパットサンディ村は,トンレサップ湖南東部の湖尻にある1,000世帯ほどの水上集落です。村人の多くは漁業を生業としており、他にコミューン内にある学校、販売、レストラン、その他サービス業に従事する人々もいます。
当初は,われわれがこれまでに調査で入っていたコンポンチュナン州チュノックトゥル村を対象にしようと考えていたのですが,コンポンチュナン州が水上集落を廃止する代わりに村民を陸上へ移住させる計画を進めているため,移住計画がないコンポントム州のパットサンディ村を対象としました。
パットサンディ村へは,まずプノンペン市から車で3時間ほど北へ走りコンポンチュナン州チュノックトゥル村までゆきます。パットサンディ村は陸続きでないことから,チュノックトゥル村からはボートに乗り換えて10分程度水上を走ると着きます。ラムサール条約で保護の対象の湿地と隣接して,環境省のレインジャー事務所が村内にあります。
水上集落ではボートの店でものが買えますし,陸に上がれば普通にものが買えます。村人たちは,飲み物であればPETボトル飲料やボトルサーバーの飲料水を利用し,コーヒーやジュースなどはプラスチックカップやストローを利用しています。 魚や肉は裸で売られていますがプラスチック袋に入れて持ってかえりますし,輸入もののお菓子はプラスチックで包装されています。それだけではありません。漁業で使う網や釣り糸もプラスチックで出来ています。 このように,水上集落の人たちの生活に,陸上の人たちと同じようにプラスチック製品は欠かせません。
それでは村民はプラスチック製品を使ったあと,どうしているのでしょうか。
ごみと汚水については,水上でごみ収集サービスがなく排水設備もないので,湖面へのポイ捨てとたれ流しが一般的です。 湖に捨てられた有機物は,魚やプランクトンの餌になったり,残りは微生物に分解されて消滅しますが,プラスチックごみはそのような訳にはいきません。 後で説明しますが,どのプラスチック製品も寿命が長いため,湖水中に捨てられると,軽いものは水面に漂い,重いものは湖底に沈んで数年間,あるいは数十年間,あるいは数百年間,滞留します。 トンレサップ湖では雨季には湖水が増量し,その水がプラスチックごみを下流側に運んでゆきます。そして,いずれはトンレサップ川,メコン川を通って太平洋に流れ込む可能性があります。
乾季になると湖岸が後退して湖底が現れきます。そこにはたくさんのプラスチック袋やPETボトルが散乱していて,見ていて足の踏み場がないところもあります。かと言って,村民がそれをきれいにする様子もありません。
そこに住む人たちはなぜプラスチックごみの散乱した風景を見て何とも思わないのでしょうか。聴いたところ,雨季になれば湖水がプラスチックごみをどこかに洗い流してくれるから待ってれば良いと皆が思っているからだそうです。
ごみのポイ捨が習慣化し,毎年のようにプラスチックごみが散乱した風景を目にするので,人々はその景色に慣れてしまったと考えられます。
Plastic waste in Chnok Tru Village
Plastic waste in Phat Saday Village
日本では,朝にごみ袋を出しておくと市役所のトラックが取りに来てくれて,可燃ごみはごみ焼却炉に運ばれきれいに燃やされます。日本のごみ処理に関する法律には,家庭から出されたごみは地方自治体の責任に置いて適切に処理することが決められています。 しかし,発展途上国には日本の高価なごみ焼却施設はありません。ごみ処理は,ごみを収集して処分場に持ってゆき埋め立ているだけです。 また,地方自治体が民間のごみ処理事業者に,ごみ収集サービスの提供とその処理料金の徴収を一括で丸投げする場合もあり,悪いケースでは民間事業者が収集を怠ったり,処理料金を支払わないエリアはごみ収集をしないことがあります。 水上集落ではごみ収集はボートで行わねばならず,コスト高となるため,民間事業者によるごみ収集は期待できません。ではどうすれば良いのでしょうか。 海洋プラスチックごみを増加させないために,プラスチックごみだけは湖に捨てないようにすることが大切です。
世界で海洋プラスチックにつながる河川や湖沼へのプラスチックごみの投棄を無くすことが必要です。われわれは特に,日常生活において行き場のないごみが水域に捨てられることを問題視しています。これは廃棄物マネジメントの問題です。ごみ収集サービスが経済的に成り立たない地域であっても,プラスチックごみの水面への投棄だけは防がなくてはなりません。しかし,水面に捨てないということは,別の何らかの処理方法を考えなければなりません。プラスチックごみのリサイクルは理にかなった方法ですが,家庭でプラスチックごみを分別するだけではなく,それらを集めてどのようなリサイクルの流れに乗せるかを検討することが必要となります。
これまで習慣的にごみを湖に捨てていた家庭に,プラスチックごみ分別をしてもらうためには教育啓発のメニューが必要ですが,それだけですぐに習慣が変わるとは思えないので,「分別すればいいことがあるので協力しよう」という分別の動機があった方が良いと思われます。自発的な少人数が分別に協力するだけでは,やがてその人たちはいやになってやめてしまうでしょう。村全体で分別・リサイクルを始めれば,意志が統一され分別行動が長続きするに違いありません。そのためにも,村の自治組織が立ち上がって分別・リサイクルをリードしてゆく必要があります。 以上の観点から,プロジェクトでは「住民参加型」のプラスチックごみ分別・リサイクルであることを重視して,現地に適したシステムの構築を支援することにしました。
事業アプローチ図に沿って説明します。
このプロジェクトは2022年3月に開始しました。終了は2024年4月の予定です。